I write something about me, my works, days and so on.

ようこそ作品の事や、日頃の事や、そうでないことや、あれこれ書いてます
ちょっとずつ、じぶんのことがわかるといいな

コメント/good!/質問/注文などなどなんでもどうぞ

2016-03-26

bonjour,making friends

久しぶりにどっぷり英語で喋る時間が立て続けに出来た。

たまたま行った個展で、たまたま知り合ったフランス人の3人組と仲良くなった。
2人はワーキングホリデーのビザで日本に住んでて、一人は彼らを訪ねての旅行。
飲んで喋って、また別の日には旅行で来てる一人とコーヒーを飲みに。
ゲイやレズビアンの話、ヨーロッパの話、人生の話、仕事や人間関係の話、文化の違い、言葉、テロ、地震、ファッションや折り紙の話まで、2人でこんなに英語で長い時間会話したのは久しぶりだった。
脳がもう完全に日本に帰国してしまっているので、頭の中の翻訳機能は前よりかなり衰えていたし、単語が出ない!を連発したりしてしまったけど、会話は成立。
英語でのディスカッションはストレートで楽しい。日本語は遠回しだったり、曖昧だったりするけど、まあそこが良いとこでもあるけど、英語だとさらにわかりやすかったりもする。

7年ぶりに昔から知っている友だちとも再会した。

自転車のリアタイヤのフリーの調子が悪かったので、分解して整備しようとしたけど、工具が足りず断念。でも少し良くなったな。
近所の不動産屋の前には空気入れご自由にとの張り紙。
おじさんはトライアスロンもやる大の自転車好きで、タダで借りてるのにも関わらず、あれこれ教えながら手伝ってくれた。
こういう時に人って良いなって思う。
ついでにバイクの整備も少しして、ここの所自分で生地を染めたり、沖縄の伝統的な紅型の染めの生地が届いたり、これはウェディングへのオーダーで、染めた方もたまたまウェディングでのブライズメイドのドレス用。
色々重なる。リンク、してるのかわからんけども、重なる。
手袋してても手が染料で染まったり、軍手しててもマシンの油で手が黒くなったり、手が汚れる。
手が汚れたあとって、なんだか充実した気持ちになる。
手が汚れるのは、手を動かした証みたいなもんで、楽しい。

明日は、くもりの予報だけど、せめて午後からの数時間だけでも、晴れて暖かくなって欲しいな。
岩国の仲間との初めての何かしらのアクション。これから始まる、vivaなこと。

t

2016-03-23

oh my god

ベルギーのブリュッセルで、昨日テロリストによる爆発事件が起こった。

その一つの大きな標的にされたのはBrussels Zaventem Airport、ブリュッセル国際空港。

2004年に生まれて初めて(厳密に言うと初めてではないけど・・・自分が行きたいと思って行ったのは)外国へ行った年。
あの頃、就職もしたいと思わず、とにかくアントワープの学校へ入りたかった。
情報も今ほどインターネットは一般的には使われていなくて、情報収集をいっぱいした。
専門学校を卒業してすぐに、親友と2人、アントワープへ向かった。
その時、オーストリアで乗り継ぎ、カフェでは英語の出来ない2人は違うものをオーダーしたのにも関わらず、コーヒーが出された。言い返す事も出来ないくらいの初めての外国での緊張。
そして、ブリュッセルの空港へ。
あの日、夢に見ていたベルギーに着いた時の興奮や感動や安心は今でも覚えてて、長い長い空港内のロビーのスカイウォークを歩いたのを覚えている。

あれから、ベルギーと日本を往復する時に何度も使った空港。

そこで、誰が誰のために、なんでそんなことを?
宗教観の違い?
価値観の違い?
人種の違い?
日本にはあんまり宗教と言う概念を行動に感じる事は少ない。
ベルギーに住んで初めて宗教が人間の生活のそばにあることを感じるようになった。
でも、だからなんで人が人を殺すことが起こる?
神よ、なんて、自分は神様のこと、信じていないし、あ、でも困った時に神様助けて!なんて都合良く神頼みしたりはするけど。
神が居たとして、そんなこと許す神様なら、おれはもっと信じない。
ましてや、不特定多数を巻き込むようなやり方で。
怒りと悲しみと、なんだかすごくむかむかする気持ちになる。

ベルギーのブリュッセル、そしてベルギー全体、ヨーロッパ、世界中、みんなみんな家族や友だちや大事な人や居て、そんなことが起こる事を望んではいない。

ほんとに残念でならない。

おれの大好きな国、第三のふるさとみたいな国ベルギーでこんな悲しいことがあるなんて。

t

2016-03-17

天に向かい地に響く声

音楽って良いなあって最近また良く思う。

昔から音楽は大好きで、あんまり詳しくないけど、沢山聴いて来た。

状況や情景、心情やその日によって、染み込みかたが違うのは、邦楽の方がより強いな。まあ日本人だから当たり前っちゃ当たり前か。

東京に出て来てからは、妙に東京の地名や東京を題材にした歌がやっぱりじーんとするし、ノスタルジー。
良くも悪くもすごくパワーがあるので、ある意味危険。

今進めているあるプロジェクトの一環で、小学校の同級生と待ち合わせをして視察に。
1月に20年以上の時を経て再会したばかりなので、とても不思議。

このプロジェクトは、同い年の5人組で始めて、今まだ産まれたての状態だけど、とても面白い。
冷や冷やすることもあるだろうし、ケンカもするだろう。でも、きっと素敵なものがまた新たに生み出されることを信じている。

話に脈絡がないのはいつものことだけれど、"名前"ってすごく大事だと思う。
人の名前も、何かのネーミングも。個人的にとても大事にしたいと思う。

でも、ネーミングのセンスがない。

t

2016-03-11

2016年の3月11日は

朝から雨が降って、凍えるような寒さの中友だちのうちへ

5年前の3月11日は、卒業式を迎える文化服装学院の校舎に居た。
そこから5年後の今日も、その日一緒に居た15年来の友だちと一緒に過ごす一日

あの日から、3月11日は、日本、いや、世界でも忘れがたい日になった
テレビやラジオでは震災に関する事が連日流れ、それは良い事でも悪い事でもなく、情報として流される
忘れることと風化することって、ものすごく似てて、ものすごく違うんだと思った

多分あの日からみんなそれぞれなんだか少しだけ心のどっかに違和感や虚無感、無力感みたいなものを感じたことが必ず誰しもにある気がする
でも、何かをしなければならない、とも違うし、何かをすることが全てでもない

東京で経験した2011年の3月11日は、結構寒くて、でも天気は良かった気がするな
泣き叫ぶ声や、動揺を隠せない人たち、もちろん自分も。
時間は必ず記憶を遠ざけて行く
これは悪い事なんかじゃない。

でも、多分忘れるなんてことは無いと思ってる

今日はカレーとカップラーメンを男2人で食べながら色んなことを話した2016年の3月11日

これから何度3月11日を迎えるのかはわからないけれど、毎回違って、毎回思い出す、それで良いと思う。

今は自分が直接誰かのためになるようなことなんて出来ていないけど、自分のことを精一杯生きていれば、みんながそうであれば、良いなと思う。

こういう事を書くのって、正直?マークがいつも付きまとう。

でも、書いておこうと思った。

5年前に止まってしまった時間もあれば、5年前に始まっていなかった時間もある。

身勝手だけど、被災地の人たちだけじゃなくて、みんなみんな元気でいられれば良いなあ。ほんとにそう思う。

t

2016-03-01

hometown

地元の友だちが徒歩圏内に居るなんてね。
東京に居るのに、地元みたい。

隣の人たちも、なんだか仲良くなって
こういうのを縁って呼ぶんだろうなー

いろんなことが、繋がって

これからも、いろんなことがあるんだろうな

t

2016-02-28

in the light of the sun

メモ

light

なんとなくピンと来た気がする


今日は最初は美術施工の協力で、自分の作ってるタイベックの財布から依頼を請けたランプシェードで関わった、代々木ヴィレッジの庭作りのワークショップに。

最初は、デコレーションのワークショップをやる側の立場で関わらせて頂いたんだけれど、その次の会からは、毎回参加者としてプラントハンターの西畠清順さんのワークショップにいつも参加してる。

朝早くから集まって、ほんとに泥んこになって大きな木を運んで植え替える。
冬はクリスマスに向けたデコレーションをやったりしたけど、今回は春に向けて三種類の桜を植えた。

植物って見た目よりもっと重くて、かっこいい。
名前とか、種類とか、全然詳しくないけれど、植物や自然に触れるのはとても気持ちよくて、心地よい。
カレーも思わずおかわり。

代々木ヴィレッジのディレクターこと村長的なあずさんのバースデーをサプライズでみんなで祝って、すんごい大きなケーキが出て来て、なぜかろうそくを吹き消す役に清順さんのスタッフの方と一緒に選ばれ・・・
顔にクリームどーん。
小学生みたいで楽しかったな。

小学校を卒業してから、お別れ会?お楽しみ会?みたいなのをやった。
多分そのあとすぐに引っ越して、4つくらい離れてる校区の中学校に入った。

その時に撮った写真の一枚は、今も良く覚えてる。
どんな流れでそうなったかは全然覚えてないんだけど、当時の担任だった安田先生がおれの顔にショートケーキをぐしゃり。
すごい笑顔で顔の半分くらいケーキが付いてて、みんなすごく楽しそうで、担任の先生にケーキを顔に付けられるなんてのは、とても良い思い出で。

あの写真、どこにあるだろう

なんか、嬉しかったなあ。



t

2016-02-20

くだらないの中に

ほんとに次から次にいろんなことが起こるもんだなあと思う

今日はある事件が起こって、警察や刑事の人が来た。
もちろん自分は被害者で。

なんだか少し感覚がずれてるなあと思った

こっちにとっては、それはもう重大で、怒りもかなりのものだったけど、きっと日本全国で一日に腐るほどのトラブルや事件はあるわけで
そりゃわかるよ、わかるけど、その言い方は無いよ
って、少し落ち込んだ、いや、結構落ち込んだ

こんな時に限って色んなトラブルが続く

久しぶりに、機械を分解して、基盤のハンダを付け直した
中古で買った、そこそこ気に入ってるスピーカーのLが出なくて、それを修理した

手を動かすのは、楽しい
楽しい、上手く生活や仕事と繋がれば、それは幸せなんだろう

このスピーカーだって、中古で安く買ったけど、気に入ってる
今日被害にあったものも、中古だけど、すごく気に入ってる

なんで相手にその価値を世間の尺度で計られないといけないんだろう

普段は人と比べたり比べられることは嫌だけど、それは自分が気にしなければ良いこと
でも今日は明らかに相手が居て、そこでそんな風な出来事があると、やっぱり傷つくよね

なんだか愚痴日記みたいになったけど、
くだらないの中に、良い事もあるんだろう

t

2016-02-18

Like A Rolling Stone

たまたま入った昭和歌謡の流れる狭い焼き鳥バーで、途中から、Bob Dylanが流れ始めた。

Blowin' in the windから始まって、途中でLike A Rolling Stone。

ちゃんと歌詞の意味を知らないままだけど、何度も聴いたことのあるボブの声がとても良くて、すんごく良い歌。

t

2016-02-17

MIND THE GAP

先週から立て続けに色んな友だちと飲んだり、いろんな話を論じたり、ばったりアメリカから来てる友だちに出会ったり、その友だちと久しぶりに飲んだり。

GAPって主観と客観に必ず生まれるもので、それは全てに置いて共通する。
100%の物って、物質的には存在するのだろうけど、ニンゲンに置いては存在し得ないんだろうなって思った。
例えば、物事の側面は一つではなくて。

昔から、勧善懲悪ってものには惹かれなかった。
ニンゲンって、良いも悪いもあるのがニンゲンで、もし、善しか持っていない人が居るとしたら、それは限りなく善に近い人だと思う。100%ではない。
断言はもちろん出来ないけど、そう思う。

地元の友だち、こっちの友だち、アメリカの友だち、新しく出来た友だち。
この一週間で、落語を生まれて初めて聴き、Rebel Heart Tourで57歳のMadonnaを観て、村上隆の五百羅漢図展を観た。
誕生日を祝い、笑ったり、討論したり、今日は一人でバーに立ち寄り、そして文章を書く。

何を話したって、共感は出来ても、それは100%のempathyではないと思う。

何が書きたいのかわからないけど、今日はそんなことを考えた。

少し、少しだけ開きそうな感覚がある。

流れに任せてみよう。

t

2016-02-13

empathy

大人になって、地元の友だちや、専門学校での友だちが仕事や用事があって東京に来る機会が増えた。

もう東京に出て来て15年が経つけど、こうやって日本の中でもかなり離れたとこに居る友だちと再会出来るのは単純に嬉しい。

もうみんな結婚もして、早かったやつは小学校高学年の子どもが居たり、ファッションから離れたけどしっかりと仕事をしてお父さんになったやつ、気がつけばいちご農園をやってるやつ、色んな友だちが居て、自分がこうして足踏みしながら停滞していることを、はっと思い知らされる。

もう、なのか、まだ、なのか。

今、正直いろんなことが自分でもよくわからなくなっていて、悩みに悩んで、でもそれじゃあ生活もままなら無くなってしまうし、ぐるぐるぐるぐる悪い循環を繰り返す。

それでも今日は、とても嬉しくて、こんな風に今でも友だちと繋がっていて、それがさらに他と繋がっていって、そこに協力出来たことは本当に嬉しい。

ここの所、良いニュースや、前向きなことがなかなか書けていないけれど、きっと少しずつ何かが変わろうとしているはず。

最近立て続けにこのブログを読んでいるって話を聞いて、こんな自分のことを気にかけてくれている人が居てくれるんだなあと、申し訳ないような気持ちと、嬉しいような気持ちが入り混じって、ちょっと複雑な気持ちになる。
”そのまま”であること。

そのまま、かあ。

t

2015-12-31

また一年が終わる

いつもあっという間だなと思って、今年はなんだかぼやけた一年だった気がする
相変わらず、好きなことを好きなようにやれるようにはなってなくて、
自分のことだけじゃないのが一番の悩み
どれだけ嫌なことや、しんどいトラブルがあっても、家族は家族で、むかついたり、ちくしょーって思ったりしても、無視は出来ない

普段ずっと溜め込んで、溜め込んで溜め込んで溜め込んで、結局どこにも吐き出せなくて、解決どころかどんどん深みに嵌ってしまっていっているような、そんな気さえして来た

頑張れていない自分と、頑張れない自分、いつも悪循環で、もどかしい
原因は挙げればキリがないけれど、大きな問題はきっとずっと付きまとって来るんだと思う

一年の終わりに、こんなことを書いているのが、少し残念だけど、それでもこうやって生きていることは、幸せなんだろう

久しぶりに会う父親は、いつも愚痴ばかりで、ほんとに滅入る
それでも、こうやって会えることも、幸せなことなんだろう

なにもかもクリアーに、素直に生きて行けたらなあ、
あと数時間でこの一年が終わって、また新しい一年が始まる
止まることは無くて、ずっと進み続けるしかない

次に何か書こうと思う時には、もっとハッピーで元気なことを書けたら良いな

今年も一年、ありがとうございました

良いお年を

t

2015-11-22

秒 分 時 

時間は進む

なんか混沌。


2015-10-12

nothing to compare

ぶれないようで、ぶれる

時間が積み重なると共に、恐怖や不安も蓄積されて、振り返るととんでもないことになってることもある

13歳の頃から遊んでる、地元の友だちと会った
高校の頃は同じ方向の通学路だったから、毎日同じ6:50発の電車に乗って、3年間ほとんど毎朝顔を合わせていたやつ

今は柴田ベリーファームって名前で、苺を育ててる
その話がすごく面白くて、正直感動した

ただ、何かを作るだけじゃないってこと
何でもそうで、物だと思えば実用性で言えば大差は無いものは多いけど、
やっぱりそこには作り手や関わる人々が居て、思い思いの物がある

地元の仲間って、いつまで経ってもバカ話で笑えて、それでも情熱のある話も出来て、特別だなあと思った。

t

2015-10-05

ものをつくること

昨日、たまたま通りかかった近所の鞄屋に寄ってみた

70近くの店主とちょっと話して、修理の話になり

今って、数千円で鞄が買えて、その修理に数千円は誰も出さない。と。
それは服にも言える事で、
安く物が買えるのは良いけれど、それを直して使いたいって感覚は昔に比べてかなり薄れてるんだろうなあ

なんかものすごく共感して、胸が痛くなった

自分自身も物作りをする立場で、やっぱり簡単に修理や制作を依頼されることもあって、それは決して作業量や時間、労力み見合ってないことも少なくない
それってやっぱり価値観の崩壊があるのかなあと思った

安く物が手に入る
簡単に買い物が出来る

とても便利になった今の時代では、色んな事が難しくもなってるんだろうなー

なんだか時代の変遷を感じてしまった。

t

2015-09-03

タイミング

てのはほんとに不思議で、スケジュールだったり、出会いだったり、不思議にも割と上手くはまって行く

メンズの服ってほぼ作ったことなかったのに、この頃はそれがたまたま、しかも全然別々の依頼元から
仲良い友だちの義弟さん伝いでとか、友人関係からとか、はたまた同じ地元出身のスタイリストさんからとか

あれ、何を書きたくて書き始めたのか忘れてしまった・・・

世の中オリンピックのロゴ騒動でなんだかオリンピックへの期待に少し幻滅しかけてしまってるような最中、色々記事を読んだり、自分も作る側として思う事もあったり
あの1964年のロゴを原点回帰や反省や、もちろん前向きな気持ちも含めてもう一度掲げるってのは悪くないよなあと思った。
佐野さん、悪い事したのはいけなかったけど、それ以上?それ以外?の仕打ちみたいなの受けてるのも、なんだかしっくり来ない感じもするなー
って、こうやって批判や擁護するだけでもなんだかインターネットではあれこれ言われるってのは、そわそわするね



俺には不安なんかない テレビのバカがあおってる
トラウマの大安売りだ そんなに大したものかよ

どうでもいいじゃないか そんな事はどうでも
どうでもいいじゃないか そんな事はどうでも


今日も歌に救われる

t

2015-08-16

28 thousands days

ラジオでたまたま流れてた、Alicia Keysのこのタイトルの曲。
彼女のこと、全然良く知らないし、ファンでもなんでも無いんだけど、
DJがこのタイトルの話をしてて、どうやらアメリカ人男性の平均寿命を日にちにするとおおよそ28,000日ってことらしい

つまり高々28,000日くらいしか生きられないのに、何を迷ってるんだ、的な。
昔ハイロウズの歌詞にも似たような意味のフレーズがあったな

今だけが生きてる時間 なのになぜ待っているのか

うん

これ高校生の時バンドでコピーしたなー。月光陽光。

ダメだなー、一日ムダにしちゃ。とか思いながらムダにして、あーあ、の繰り返し。
ハイロウズ、聞こうっと。

t

2015-08-06

サイレンは鳴らない

東京の8月6日にはサイレンは鳴らない

ちゃんと大切にすることを想像したり、考えたりすれば起こらなかったことが沢山ある
起きてから、過ぎてから悔やんでも、もう遅い
その瞬間から、全ての出来事は過ぎ去って行き、過ちや後悔を忘れることも、改めることも、どちらだって自分たち次第

いつかは自分も死ぬ日が来るし、失敗や後悔だって沢山ある
少しでも、そんなことが少なくなって、少しでも、笑っていたいなと思う



2015-08-03

ヒロシマをまどうてくれ

眠れなくて、夜中のドキュメンタリー番組を観た
この時期は必ず戦争に関連するトピックをやる

小学生の頃、父方のばあちゃんに戦争のこわーい話を良く聞かされた。
爆心地からおよそ40kmほどの所で育ったからか、やっぱり東京に居るよりも戦争の話は多い。
原爆資料館にも学校で行った。
数年前に、大人になって初めて改めて原爆資料館に行ったことがあって、あの時はかなり衝撃とショックを受けた。
悲しさとか怒りとか、悔しさとか虚しさとか。
どれもこれも過ぎた事に対して思うにはあまりにも巨大な感情だし、ぶつけてもぶつけても返って来ない。

ヒロシマをまどうてくれ
これは方言で、ヒロシマを元に戻してくれ
と言う意味。
あれから70年の今年、平和宣言ではこの『ヒロシマをまどうてくれ』と言うフレーズが市長から語られるらしい。

小学生が、記念公園でスピーチをする

平和とは何か、とか

どうすれば、平和になるのか、とか

昨日眠れずに考えてみたけど、答えは無くて、
でも、例えば原爆投下を責めた所で何も返っては来ない
一番大事なのって、あんなことをしちゃダメだよって気付いたり、あんなことしたからこうなったんだって、想像すること、それをみんなが少しずつでもすることのような気がする
もし、自分のごく身近な人や、自分自身が戦争に巻き込まれたら
そんな風に想像してみたら、誰も戦争なんてしたくないんじゃないかなー

知識も教養も大してないけど、理屈や頭脳じゃなくて、もっともっと単純で純粋で、簡単なことで、ほんとは平和って訪れるはずなんじゃないかなあと思った
もちろんそれが上手くいってないから毎日ニュースは色んな事を伝えるんだけど。

国と国も、個人と個人も、似たようなもんで、本当は相手にされたくないことをしちゃいけないってだけなんだろうなー
したことを、後悔して、反省して、もちろんその過去は消せないけど、先に伝えたり繰り返さないようにする努力は出来るもんね

あー今日はとても真面目に色んなことを考えたな。

でもやっぱり8月のこの夏らしい空気とか、暑さは、地元を思い出したり、あのサイレンの音を思いだす。

NO MORE HIROSHIMA

悪い事は、繰り返しちゃ、ダメ。

t


2015-07-11

ビビリ

どうにかしたい。

殻を破る

殻なんてほんとは無くて、虚像なのかも

卵はいくら握ったって破れない
そんな殻は自分には、無い、はず

t

2015-07-03

already/stil

turned to 34 y/o

34歳って改めて数字で見るとなかなか大人だなーって他人ごとみたいに感じる
うん、多分自分が34歳と言う実感なのか自覚なのか、そんなに無い。

34年間生きて来たんだなーってのはなんとなく実感はあるけど、世に言う34歳とはなんとなく違う気がしてる

多分中学校あたりから、段々と自我みたいなものが目覚めて来て、今ここに居るのもその延長線上で、もちろん普通とか、正解とかって無いけど、とにかく所謂一般的な社会人では無いし、極普通って生活とも違うような気がする

でも、歳を取る時に、祝われる事はなんだかとても嬉しくて、昔とはパーティやプレゼントも今では中身も内容も随分と変わったけど、それは自分が34歳だからなんだろうか。

34歳らしい生き方は出来そうにもないけど、自分らしい34歳を過ごしたいなと思う。

ありがとう。

t