I write something about me, my works, days and so on.

ようこそ作品の事や、日頃の事や、そうでないことや、あれこれ書いてます
ちょっとずつ、じぶんのことがわかるといいな

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2021-10-02

note/まだよくわかってないけど

 こちらに引っ越しを考えてます

new blog.

note

2021-09-27

マルジェラが語る"マルタン・マルジェラ"/Martin MArgiela: In His Own Words

大事な映画の一つになった。

後日ちゃんと書こうと思う。

2021-06-11

Nuovo Cinema Paradiso/ニュー・シネマ・パラダイス

なかった頃だからこそあるもの、時代も国も違うから、ピントがずれた見方をしてしまうとこもあるけど、やっぱり素晴らしい映画だと思った。


あの時代から6~70年くらい経った今って、きっとその時に比べたら比較にならないくらい便利で、簡単で、楽しい?のかもしれないけど、それと同時にきっとなくしてるものも多すぎるくらいあるんだろうな。

ここの所色んなものを捨てたり片付けたりしてる。

体調を崩し始めたのが多分3〜4年前で、病気がわかってから大体2年くらい経つけど、一日中何も出来ないくらいの怠さと眠気でしんどいときがある。

気持ちは沈みっぱなしだし、自分自身の問題と、環境や状況の問題と、自分じゃどうしようもない問題と、一つでも前に進んでくれたら良いのに全部が絡み合って悪いループを繰り返す。

最近はラジオと映画が気持ちを助けてくれるけど、やっぱり現実の時間に引き戻される時には気持ちがずしーんと重くなって、これを少しでも軽くしないといけないのに体も重い。

特に何が書きたかったわけじゃないけど、こないだたまたま世界甲状腺デーというのを知って、自分と同じようにバセドウ病で苦しむ人の記事を読んだりして、この病気って厄介だなあと改めて思った。

もう病院に行くのも疲れたし、お金も時間も体力も磨り減りすぎてちょっとしんどいかな。

でもアルフレードやトトみたいに、どこかにちゃんと愛を感じられるような人間でありたいなと思う。

しんどいけど、今日もまたこうやって生きてるし、感謝しないとね。

毎月のように病院で同じ病気の人たちとたくさん居合わせるけど、バセドウ病で苦しむ人と

一度いろいろ話してみたいな。



t

2020-10-14

reality

 8月の暑い日に、父親の暮らす部屋を片付けた時に親指を扉で挟んだ。

爪の付け根は内出血を起こして、気がつけばその痕がもう爪の先の方まで来てて、あれからもう2ヶ月近く経つんだなと思った。

父親が病院に運ばれてからもう3ヶ月以上経つけど、きっともう今までのように会えることはないんだと、心のどこかではわかっていても、受け入れられていないと言うか、やっぱりリアリティがない。

父親が死んでしまう夢を見て、その方がよっぽどかリアリティがあって、目が覚めてからも随分現実との境目がわからなかった。

生きてて欲しいのに、何も出来なくて、もどかしさと、これまでの事を思い返すと後悔がどんどん湧き上がって来て、無性に腹立たしくなってイライラする。

何に、誰に、どうしてそんな感情になるのかもわからないし、自分自身も正直かなり滅入ってるし、上手く気持ちのやり場がない。

爪を切るときに、ああ、こんなに伸びたのかと現実を突きつけられて、その時間の長さを味わう父のことを思うととても気持ちが苦しくなるな。

現実ってのはなかなか複雑でもどかしい。


t

2020-08-06

20200806

東京では、8月6日の8:15にサイレンは鳴らない。
小さい頃、当たり前のように聞いていたサイレンはなぜかはわからないけど背筋が伸びて、体の奥から切ない気持ちになった。

サイレンが鳴るか鳴らないかは”重要”ではないかもしれないけど、”大切”な気がする。
戦争って正直リアリティはないのが素直な気持ちだけど、必要のない戦いだと思う。
時間が経って忘れていくことは、必要かもしれないけど、同時に起こったことは消えてはいけないなと思う。風化とは違うと思うし、事実は変わらない。
広島はヒロシマだし、原爆は落とされた。
変えられないことに怒ることは辛い。切ない。

ここのところ自分のことで滅入ってるけど、ラジオで小学生の男の子の投稿に元気が出る曲をと選曲された、THE BLUE HEARTSのリンダリンダ。
流行りの音楽も、オシャレな音楽も嫌いなわけじゃないし、音楽はそもそも大好きだし、でも、リンダリンダが流れた瞬間の身体中が震えるような、勝手に涙が出てくるような、そんな感覚を久しぶりに味わった。
8月6日の今日だからか、今の自分の心境だからかわからないけど、沁みた。しっかり生きようと思った。

t

2020-06-15

選択肢

選択肢は無限なはず

そろそろ、疲れて来たな。

途轍もなくかっこいいなと思うものやことにワクワクしたりは、まだするから。
鈍ってはいるけど、失ってはない、はず。

やっぱり、イヤなものはイヤ、そう言う道を進みたいとは思う。
ワガママと我が儘って表裏一体と言うか紙一重と言うか、最早イコールかもしれないけど、目を開けて進もうとちょっと思えた。

世間や有名人のニュースなんて大して興味はないけど、J-WAVEでアンジャッシュの児嶋さんの冒頭10分間は、聞いてて胸が熱くなったし、男女差別とかじゃなくて男って良いなって思った。
図形楽譜ってどうやって演奏するか分かりやすく教えてくれる人が居たら詳しく聞いてみたいなあ。

t

2020-04-02

under no circumstances

とあるコラムを読んで、selfishの意味について考えた。
悔しいなーと、そうなれない自分。

見えないものと世界中が戦う今、妙にアコースティックが目に沁みて、普段好きだと思っていなかった声が深くまで届いて、やたらと涙もろくなった自分が情けないような、嬉しいような。

なんか全てに疲れてる。

夢を見た後、現実も夢もどっちがどうなってるのかわけがわからなくてしまう。

2020-01-17

パンの耳


久しぶりに会う親父は、一回りどころか二回りも三回りも痩せ細って、肌もボロボロ、息もぜえぜえしながら、テレビを観ては暴言や文句ばかり、何を言っても文句と愚痴ばかり。

傷みに傷んだ抜けた歯に、ろくに頭も洗ってないからずっと痒そうで、立ち上がるのも辛そうな感じさえするわで。
前に来た父のアパートには、もう少し何かしら食べ物があったと思うけど、今回は懐かしいから買ったと言うパンの耳。
始発で東京を発って着いたアパートで、正月最初の食事は、なんとも言えない気持ちで食べる薄っぺらいパンの耳だった。

耳も遠くなって、物忘れも酷い、がりがりに痩せ細った荒れた体に、いつ洗ったのかも怪しい服。
見てるだけで辛くなるようなそんな父親の姿は、さすがに悲しかった。



2019-11-06

longing

自分は人にはなれないし、なろうとすること自体がおかしなことだなって気づいてから随分経つ。

桃源郷やジミー大西、仲の良いあの人や家族、ここじゃない場所や環境、結局そこはここじゃなくて、自分じゃなくて。
色んなことが昔よりもはっきりとわかってるからこそ、苦しくて、なんかしんどい。
せめて体だけでも元気ならもっと頭も健康に回るのになあ。

t

2019-09-25

nightmare

ほんとうに長い間、悩まされてる。
insomnia&nightmareなんて、チープなドが付くC級映画にもならなさそうなタイトルだけど、実世界ではかなり辛い。
また暗いことばかり渦巻く頭の中で、don't think with my headを心がけたいのにできなくて、いつも通りドロドロな粘度の高い感情で何かを吐き出す。
でもその一方で、こんなこと書いていることがいつか笑い話になればなあとも思ってて、時々読み返す自分の書いた文章を、照れ臭かったり、気持ち悪かったりしながらも変わって行くことを残すのも悪くないなとも思う。
だから、書こうか迷ったときには、出来るだけ書こう。
だだっぴろい豪華な家はあれは京都だったか、いとこのお姉ちゃんに、壊れたサングラス、外に一歩も出ずに過ごす丸二日間の怠惰な時間、最近は、恐ろしいタイプの恐怖系nightmareってよりは、リアリティに溢れ過ぎて、目が覚めてもずっとそこから抜けられない、もっと深くて重くて、粘りのあるnightmareだ。
朝、気持ちよく目覚めて、今日は良い天気だなあ、頑張ろうって思えるような1日の始まりを体験したい。

t

2019-09-24

Do it all the time

20年くらい前には、一緒にバカなことやってその頃はお互い先のことなんて大して真面目に考えてなかったはずなのに、今は全くと言って良いほど違う。
悪いループは、いつも体の波に流されて、心のコントロールを失う。
この頃自分が自分じゃないような感覚が強くて、あんなに前は感じていたことや、思っていたこと、欲しかったことや見たかったもの、自分はどこに居るんだろうって。
時間はずっと流れて、止まることはないし、いつかはわからないけど、老いて死んで行く。
変えられないものと変えられるもの、一体自分はどこに居るんだろう。
心地良いリズムや抑え切れない衝動が、遠く聴こえる気がする。

t

2019-04-30

new era

明日新元号に代わることを伝えるニュースや、テレビ番組がたくさん流れる。

1989年、平成に代わった瞬間、父親の運転する大型の20トントラックに乗っていた。
まだ6歳だった自分には、それがどれだけ大きな出来事なのかはわからなかったし、今もイマイチピンと来ていないのかもしれない。

あの日、ラジオから流れる新しい元号、平成を、父親がこれはすごいことだと話してくれた。何も詳しいことはわかっていなかったんだろうし、とにかくすごいことだけは覚えている。
短気で、すぐに怒鳴るし、普段はとても恐い父親は、トラックで遠くに連れて行ってくれる時はいつも優しかった。
たくさんのおにぎりを母親が握ってくれたり、山の方の荷受場所に行くとかぶとむしを取ってくれたり、一番嬉しかったのは、サービスエリアで自動販売機のカップラーメンやハンバーガーを買ってくれることだった。
貧乏暮らしだったから、サービスエリアで何かを買ってくれることが、本当に嬉しかった。
温まってふにゃふにゃになった紙の包みのハンバーガーは、味は思い出せないけど、美味しかった。
高速道路の道を高くから眺められる大きなトラックの助手席は、子どもながらにワクワクした。

このことを父親は覚えているだろうか。

令和になる明日の日は、31年後に自分はどんな記憶になっているのだろうか。

t

2019-04-08

ハル

めまぐるしく色んな感情や出来事があって、喜怒哀楽だけじゃ表せない、本当にたくさんの方向に気持ちが振れた。
ショックなことも、感激も、感動も、疲弊も苦しみも、興奮も、悲しみも、本当にたくさん。
明け方のたくさんの配送業のトラック、色が変わって行く景色、冷たい空気、胸を突き刺す嫉妬や悔しさ、刺激、心が震えるような感情、内面にあるずっと変わらないようなもの。
ベルリンに行った時の写真を見返す、忘れていた場所、人、物、事。
今の自分の置かれた、置いた、場所や環境、家族や知人、友人、近所の道。

好きなものや、形、表現、考え、方法や手段、言葉や音。

頭の中から少し取り出して、整理整頓しないと、どこにしまったか思い出せなくなってしまう。

松本人志・高須光聖の放送室、あの広い部屋、いつも行くスーパー、よく見かける人、今日見た好みの服装の女性、見たことある感覚。

美しく暴れること。

whatever.

t

2019-02-26

way home

初めて大沢伸一さんを知ったのは、多分東京に出て来て2年目くらいの時だったと思う。
もう気がついたら20年くらい前の、東京の専門学校に通ってた頃、クラスのファッションショーの音響担当になった。
音楽に関わる仕事をする同郷の友達が、その頃近くで働いていたこともあってショーの音楽を一緒に作ることに。
その友達が選んで持って来てくれた中の一つが、MONDO GROSSOこと大沢伸一さんの"Way Home"。
ぼんやりとしか覚えてないけど、その曲はショーのエンディングに流すことに決まった。
あのピアノの音に無性にジーンとして、あの時は先のことなんて全然不安じゃなくて、ただただ楽しかった気がする。

あれから20年近く経って、初めて直接大沢伸一さんを拝見した。
多分50代くらいの大沢さんは、とってもオシャレで、ユーモアのある人だった。

2019-02-19

ほぼ

相変わらず、停滞期。もしかしたら後退してるんじゃないかと思うくらいに、ダメ。

気がついたら日課にしていたようなことも、気がつくとやらなくなってたり、見なくなったり聞かなくなったり。

久しぶりに、ほぼ日の、糸井重里さんが書く今日のダーリンを最近また読み始めた。
あの頃なんとなく毎日気になってチェックして、読むたびに少しだけ何かすっとするような、そんな糸井さんの言葉が好きだった。
まだ小学生のころ、ロールプレイングゲームが好きだったのもあってたまたまやったMOTHERシリーズ。
あれも糸井さんだったなあ。
大人になってまたやってみて、音楽も、デザインも、セリフや細かなユーモアまで、とても好きなゲーム。

ほぼ毎日、何かしらなにげなくやってたすることが、いつの間にか変化して、今の自分の状態には、パワーってものがなくて、何かをするってことが全て億劫になっている。
それでも、今日、あのページを訪れてとても良かったなあと思った。

t

2018-11-16

peter pan

たしか小学校の二年生くらいのときに、何かの会でピーターパンをみんなで演ることになった。

あのときは、クラスの人気だった女の子がティンカーベルで、主役のピーターパンが取り合いになった気がする。

全然ディティールは覚えてないけど、ピーターパンになった。
新聞紙や段ボールとか使って、ナイフを作ったような記憶がある。

小さいころから、ピーターパンに憧れていたのかも。

いまも、ピーターパンに憧れているし、それを創った人の気持ちもちょっとわかる気がする。


2018-07-16

なにも

意欲が出ない

もやもやして、ずっと良く眠れてない。

2017-06-25

独り言

とても久しぶりに、書きたくなったので書いてみようと

ファッションというものに進む一つの大きなきっかけになったコムデギャルソンの川久保玲さんの本を読んだ。
ART OF THE IN-BETWEEN REI KAWAKUBO
ニューヨークには行けないけれど、彼女の考えや想いを、拙い英語力で少しだけ読んだ。少ししか読めていないけど、本当にゾクゾクした。

彼女も、そのスタッフもきっとどこかでなにかたくさんの影響を受けて、そして自分自身も彼女の影響を受けて。

もうすぐ生まれて36年が経つけれど、ここ数年はどんよりとした時間が続いて、正直ぐちゃぐちゃで、粉々にもなって、疲れ切った状態が今も続いていて。
でもやっぱり逸れたり曲がったりしながらも、無くしていないなにかがあって。

嫉妬や妬み、恨み、憎しみ、そしてもちろん喜びや労わり、嬉しいこともある。
そのカオスを一つの体と一つの頭の中で抱えながら、時々は生きることも苦しいと思うこともあるし、頭がおかしくなりかけているような気もすることもしょっちゅうある。

でも、やっぱり、”でも”って気持ちが隅の方にはいつもあって、こんな俗で欲や煩悩だらけの不完全な自分という人間が、やっぱり生きて、なにかをしたいって思うことをやめないでいられる、その理由の一つは彼女という存在かもしれない。

今日、その言葉を読めたことは、これからの時間にまた大きな影響を与えてくれた気がする。

そんな機会をくれた川久保玲氏に感謝と尊敬を心から込めて、

I don't know the answer either.

t

2016-08-06

プロモーション

自分をマネージメントしたりプロモーションしたりってのがほんとに苦手で、これまで逃げ続けて来た・・・その結果このごろは周りにそれをやった方が良いという話をよくされるし、自分でも気付いてる。

色んなハンドメイドのサイトに商品を載せているけど、このショップからだとアカウント登録をせずに買い物が出来るので、このサイトをプロモーション。

takumiyネットショップ

良かったら見てくださいな。

t

2016-07-12

雁字搦め

なんだか誰の言うことが本当なのか、選挙選挙であれこれこの人はこうだ、あの人はああだと言うのが知らず知らずに耳に入って来て、嫌でも情報は増える。
もちろん自分で知らないと行けないことなんだろうから、多少は調べてみたり読んでみたりはするものの、現代の情報社会には、どれがなんだか、なにがどうだか、誰が本当なんだか。
そうこうしてると、あっちからはこの人の言ってることはこうだからどうこうだと。
その反対もしかり。
あーあ、全くさっぱりわからなくなる。
頭痛い。

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