I write something about me, my works, days and so on.

ようこそ作品の事や、日頃の事や、そうでないことや、あれこれ書いてます
ちょっとずつ、じぶんのことがわかるといいな

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2020-01-17

パンの耳


久しぶりに会う親父は、一回りどころか二回りも三回りも痩せ細って、肌もボロボロ、息もぜえぜえしながら、テレビを観ては暴言や文句ばかり、何を言っても文句と愚痴ばかり。

傷みに傷んだ抜けた歯に、ろくに頭も洗ってないからずっと痒そうで、立ち上がるのも辛そうな感じさえするわで。
前に来た父のアパートには、もう少し何かしら食べ物があったと思うけど、今回は懐かしいから買ったと言うパンの耳。
始発で東京を発って着いたアパートで、正月最初の食事は、なんとも言えない気持ちで食べる薄っぺらいパンの耳だった。

耳も遠くなって、物忘れも酷い、がりがりに痩せ細った荒れた体に、いつ洗ったのかも怪しい服。
見てるだけで辛くなるようなそんな父親の姿は、さすがに悲しかった。



2019-11-06

longing

自分は人にはなれないし、なろうとすること自体がおかしなことだなって気づいてから随分経つ。

桃源郷やジミー大西、仲の良いあの人や家族、ここじゃない場所や環境、結局そこはここじゃなくて、自分じゃなくて。
色んなことが昔よりもはっきりとわかってるからこそ、苦しくて、なんかしんどい。
せめて体だけでも元気ならもっと頭も健康に回るのになあ。

t

2019-09-25

nightmare

ほんとうに長い間、悩まされてる。
insomnia&nightmareなんて、チープなドが付くC級映画にもならなさそうなタイトルだけど、実世界ではかなり辛い。
また暗いことばかり渦巻く頭の中で、don't think with my headを心がけたいのにできなくて、いつも通りドロドロな粘度の高い感情で何かを吐き出す。
でもその一方で、こんなこと書いていることがいつか笑い話になればなあとも思ってて、時々読み返す自分の書いた文章を、照れ臭かったり、気持ち悪かったりしながらも変わって行くことを残すのも悪くないなとも思う。
だから、書こうか迷ったときには、出来るだけ書こう。
だだっぴろい豪華な家はあれは京都だったか、いとこのお姉ちゃんに、壊れたサングラス、外に一歩も出ずに過ごす丸二日間の怠惰な時間、最近は、恐ろしいタイプの恐怖系nightmareってよりは、リアリティに溢れ過ぎて、目が覚めてもずっとそこから抜けられない、もっと深くて重くて、粘りのあるnightmareだ。
朝、気持ちよく目覚めて、今日は良い天気だなあ、頑張ろうって思えるような1日の始まりを体験したい。

t

2019-09-24

Do it all the time

20年くらい前には、一緒にバカなことやってその頃はお互い先のことなんて大して真面目に考えてなかったはずなのに、今は全くと言って良いほど違う。
悪いループは、いつも体の波に流されて、心のコントロールを失う。
この頃自分が自分じゃないような感覚が強くて、あんなに前は感じていたことや、思っていたこと、欲しかったことや見たかったもの、自分はどこに居るんだろうって。
時間はずっと流れて、止まることはないし、いつかはわからないけど、老いて死んで行く。
変えられないものと変えられるもの、一体自分はどこに居るんだろう。
心地良いリズムや抑え切れない衝動が、遠く聴こえる気がする。

t

2019-04-30

new era

明日新元号に代わることを伝えるニュースや、テレビ番組がたくさん流れる。

1989年、平成に代わった瞬間、父親の運転する大型の20トントラックに乗っていた。
まだ6歳だった自分には、それがどれだけ大きな出来事なのかはわからなかったし、今もイマイチピンと来ていないのかもしれない。

あの日、ラジオから流れる新しい元号、平成を、父親がこれはすごいことだと話してくれた。何も詳しいことはわかっていなかったんだろうし、とにかくすごいことだけは覚えている。
短気で、すぐに怒鳴るし、普段はとても恐い父親は、トラックで遠くに連れて行ってくれる時はいつも優しかった。
たくさんのおにぎりを母親が握ってくれたり、山の方の荷受場所に行くとかぶとむしを取ってくれたり、一番嬉しかったのは、サービスエリアで自動販売機のカップラーメンやハンバーガーを買ってくれることだった。
貧乏暮らしだったから、サービスエリアで何かを買ってくれることが、本当に嬉しかった。
温まってふにゃふにゃになった紙の包みのハンバーガーは、味は思い出せないけど、美味しかった。
高速道路の道を高くから眺められる大きなトラックの助手席は、子どもながらにワクワクした。

このことを父親は覚えているだろうか。

令和になる明日の日は、31年後に自分はどんな記憶になっているのだろうか。

t

2019-04-08

ハル

めまぐるしく色んな感情や出来事があって、喜怒哀楽だけじゃ表せない、本当にたくさんの方向に気持ちが振れた。
ショックなことも、感激も、感動も、疲弊も苦しみも、興奮も、悲しみも、本当にたくさん。
明け方のたくさんの配送業のトラック、色が変わって行く景色、冷たい空気、胸を突き刺す嫉妬や悔しさ、刺激、心が震えるような感情、内面にあるずっと変わらないようなもの。
ベルリンに行った時の写真を見返す、忘れていた場所、人、物、事。
今の自分の置かれた、置いた、場所や環境、家族や知人、友人、近所の道。

好きなものや、形、表現、考え、方法や手段、言葉や音。

頭の中から少し取り出して、整理整頓しないと、どこにしまったか思い出せなくなってしまう。

松本人志・高須光聖の放送室、あの広い部屋、いつも行くスーパー、よく見かける人、今日見た好みの服装の女性、見たことある感覚。

美しく暴れること。

whatever.

t

2019-02-26

way home

初めて大沢伸一さんを知ったのは、多分東京に出て来て2年目くらいの時だったと思う。
もう気がついたら20年くらい前の、東京の専門学校に通ってた頃、クラスのファッションショーの音響担当になった。
音楽に関わる仕事をする同郷の友達が、その頃近くで働いていたこともあってショーの音楽を一緒に作ることに。
その友達が選んで持って来てくれた中の一つが、MONDO GROSSOこと大沢伸一さんの"Way Home"。
ぼんやりとしか覚えてないけど、その曲はショーのエンディングに流すことに決まった。
あのピアノの音に無性にジーンとして、あの時は先のことなんて全然不安じゃなくて、ただただ楽しかった気がする。

あれから20年近く経って、初めて直接大沢伸一さんを拝見した。
多分50代くらいの大沢さんは、とってもオシャレで、ユーモアのある人だった。