I write something about me, my works, days and so on.

ようこそ作品の事や、日頃の事や、そうでないことや、あれこれ書いてます
ちょっとずつ、じぶんのことがわかるといいな

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2020-06-15

選択肢

選択肢は無限なはず

そろそろ、疲れて来たな。

途轍もなくかっこいいなと思うものやことにワクワクしたりは、まだするから。
鈍ってはいるけど、失ってはない、はず。

やっぱり、イヤなものはイヤ、そう言う道を進みたいとは思う。
ワガママと我が儘って表裏一体と言うか紙一重と言うか、最早イコールかもしれないけど、目を開けて進もうとちょっと思えた。

世間や有名人のニュースなんて大して興味はないけど、J-WAVEでアンジャッシュの児嶋さんの冒頭10分間は、聞いてて胸が熱くなったし、男女差別とかじゃなくて男って良いなって思った。
図形楽譜ってどうやって演奏するか分かりやすく教えてくれる人が居たら詳しく聞いてみたいなあ。

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2020-04-02

under no circumstances

とあるコラムを読んで、selfishの意味について考えた。
悔しいなーと、そうなれない自分。

見えないものと世界中が戦う今、妙にアコースティックが目に沁みて、普段好きだと思っていなかった声が深くまで届いて、やたらと涙もろくなった自分が情けないような、嬉しいような。

なんか全てに疲れてる。

夢を見た後、現実も夢もどっちがどうなってるのかわけがわからなくてしまう。

2020-01-17

パンの耳


久しぶりに会う親父は、一回りどころか二回りも三回りも痩せ細って、肌もボロボロ、息もぜえぜえしながら、テレビを観ては暴言や文句ばかり、何を言っても文句と愚痴ばかり。

傷みに傷んだ抜けた歯に、ろくに頭も洗ってないからずっと痒そうで、立ち上がるのも辛そうな感じさえするわで。
前に来た父のアパートには、もう少し何かしら食べ物があったと思うけど、今回は懐かしいから買ったと言うパンの耳。
始発で東京を発って着いたアパートで、正月最初の食事は、なんとも言えない気持ちで食べる薄っぺらいパンの耳だった。

耳も遠くなって、物忘れも酷い、がりがりに痩せ細った荒れた体に、いつ洗ったのかも怪しい服。
見てるだけで辛くなるようなそんな父親の姿は、さすがに悲しかった。



2019-11-06

longing

自分は人にはなれないし、なろうとすること自体がおかしなことだなって気づいてから随分経つ。

桃源郷やジミー大西、仲の良いあの人や家族、ここじゃない場所や環境、結局そこはここじゃなくて、自分じゃなくて。
色んなことが昔よりもはっきりとわかってるからこそ、苦しくて、なんかしんどい。
せめて体だけでも元気ならもっと頭も健康に回るのになあ。

t

2019-09-25

nightmare

ほんとうに長い間、悩まされてる。
insomnia&nightmareなんて、チープなドが付くC級映画にもならなさそうなタイトルだけど、実世界ではかなり辛い。
また暗いことばかり渦巻く頭の中で、don't think with my headを心がけたいのにできなくて、いつも通りドロドロな粘度の高い感情で何かを吐き出す。
でもその一方で、こんなこと書いていることがいつか笑い話になればなあとも思ってて、時々読み返す自分の書いた文章を、照れ臭かったり、気持ち悪かったりしながらも変わって行くことを残すのも悪くないなとも思う。
だから、書こうか迷ったときには、出来るだけ書こう。
だだっぴろい豪華な家はあれは京都だったか、いとこのお姉ちゃんに、壊れたサングラス、外に一歩も出ずに過ごす丸二日間の怠惰な時間、最近は、恐ろしいタイプの恐怖系nightmareってよりは、リアリティに溢れ過ぎて、目が覚めてもずっとそこから抜けられない、もっと深くて重くて、粘りのあるnightmareだ。
朝、気持ちよく目覚めて、今日は良い天気だなあ、頑張ろうって思えるような1日の始まりを体験したい。

t

2019-09-24

Do it all the time

20年くらい前には、一緒にバカなことやってその頃はお互い先のことなんて大して真面目に考えてなかったはずなのに、今は全くと言って良いほど違う。
悪いループは、いつも体の波に流されて、心のコントロールを失う。
この頃自分が自分じゃないような感覚が強くて、あんなに前は感じていたことや、思っていたこと、欲しかったことや見たかったもの、自分はどこに居るんだろうって。
時間はずっと流れて、止まることはないし、いつかはわからないけど、老いて死んで行く。
変えられないものと変えられるもの、一体自分はどこに居るんだろう。
心地良いリズムや抑え切れない衝動が、遠く聴こえる気がする。

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2019-04-30

new era

明日新元号に代わることを伝えるニュースや、テレビ番組がたくさん流れる。

1989年、平成に代わった瞬間、父親の運転する大型の20トントラックに乗っていた。
まだ6歳だった自分には、それがどれだけ大きな出来事なのかはわからなかったし、今もイマイチピンと来ていないのかもしれない。

あの日、ラジオから流れる新しい元号、平成を、父親がこれはすごいことだと話してくれた。何も詳しいことはわかっていなかったんだろうし、とにかくすごいことだけは覚えている。
短気で、すぐに怒鳴るし、普段はとても恐い父親は、トラックで遠くに連れて行ってくれる時はいつも優しかった。
たくさんのおにぎりを母親が握ってくれたり、山の方の荷受場所に行くとかぶとむしを取ってくれたり、一番嬉しかったのは、サービスエリアで自動販売機のカップラーメンやハンバーガーを買ってくれることだった。
貧乏暮らしだったから、サービスエリアで何かを買ってくれることが、本当に嬉しかった。
温まってふにゃふにゃになった紙の包みのハンバーガーは、味は思い出せないけど、美味しかった。
高速道路の道を高くから眺められる大きなトラックの助手席は、子どもながらにワクワクした。

このことを父親は覚えているだろうか。

令和になる明日の日は、31年後に自分はどんな記憶になっているのだろうか。

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