I write something about me, my works, days and so on.

ようこそ作品の事や、日頃の事や、そうでないことや、あれこれ書いてます
ちょっとずつ、じぶんのことがわかるといいな

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2019-04-30

new era

明日新元号に代わることを伝えるニュースや、テレビ番組がたくさん流れる。

1989年、平成に代わった瞬間、父親の運転する大型の20トントラックに乗っていた。
まだ6歳だった自分には、それがどれだけ大きな出来事なのかはわからなかったし、今もイマイチピンと来ていないのかもしれない。

あの日、ラジオから流れる新しい元号、平成を、父親がこれはすごいことだと話してくれた。何も詳しいことはわかっていなかったんだろうし、とにかくすごいことだけは覚えている。
短気で、すぐに怒鳴るし、普段はとても恐い父親は、トラックで遠くに連れて行ってくれる時はいつも優しかった。
たくさんのおにぎりを母親が握ってくれたり、山の方の荷受場所に行くとかぶとむしを取ってくれたり、一番嬉しかったのは、サービスエリアで自動販売機のカップラーメンやハンバーガーを買ってくれることだった。
貧乏暮らしだったから、サービスエリアで何かを買ってくれることが、本当に嬉しかった。
温まってふにゃふにゃになった紙の包みのハンバーガーは、味は思い出せないけど、美味しかった。
高速道路の道を高くから眺められる大きなトラックの助手席は、子どもながらにワクワクした。

このことを父親は覚えているだろうか。

令和になる明日の日は、31年後に自分はどんな記憶になっているのだろうか。

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2019-04-08

ハル

めまぐるしく色んな感情や出来事があって、喜怒哀楽だけじゃ表せない、本当にたくさんの方向に気持ちが振れた。
ショックなことも、感激も、感動も、疲弊も苦しみも、興奮も、悲しみも、本当にたくさん。
明け方のたくさんの配送業のトラック、色が変わって行く景色、冷たい空気、胸を突き刺す嫉妬や悔しさ、刺激、心が震えるような感情、内面にあるずっと変わらないようなもの。
ベルリンに行った時の写真を見返す、忘れていた場所、人、物、事。
今の自分の置かれた、置いた、場所や環境、家族や知人、友人、近所の道。

好きなものや、形、表現、考え、方法や手段、言葉や音。

頭の中から少し取り出して、整理整頓しないと、どこにしまったか思い出せなくなってしまう。

松本人志・高須光聖の放送室、あの広い部屋、いつも行くスーパー、よく見かける人、今日見た好みの服装の女性、見たことある感覚。

美しく暴れること。

whatever.

t

2019-02-26

way home

初めて大沢伸一さんを知ったのは、多分東京に出て来て2年目くらいの時だったと思う。
もう気がついたら20年くらい前の、東京の専門学校に通ってた頃、クラスのファッションショーの音響担当になった。
音楽に関わる仕事をする同郷の友達が、その頃近くで働いていたこともあってショーの音楽を一緒に作ることに。
その友達が選んで持って来てくれた中の一つが、MONDO GROSSOこと大沢伸一さんの"Way Home"。
ぼんやりとしか覚えてないけど、その曲はショーのエンディングに流すことに決まった。
あのピアノの音に無性にジーンとして、あの時は先のことなんて全然不安じゃなくて、ただただ楽しかった気がする。

あれから20年近く経って、初めて直接大沢伸一さんを拝見した。
多分50代くらいの大沢さんは、とってもオシャレで、ユーモアのある人だった。

2019-02-19

ほぼ

相変わらず、停滞期。もしかしたら後退してるんじゃないかと思うくらいに、ダメ。

気がついたら日課にしていたようなことも、気がつくとやらなくなってたり、見なくなったり聞かなくなったり。

久しぶりに、ほぼ日の、糸井重里さんが書く今日のダーリンを最近また読み始めた。
あの頃なんとなく毎日気になってチェックして、読むたびに少しだけ何かすっとするような、そんな糸井さんの言葉が好きだった。
まだ小学生のころ、ロールプレイングゲームが好きだったのもあってたまたまやったMOTHERシリーズ。
あれも糸井さんだったなあ。
大人になってまたやってみて、音楽も、デザインも、セリフや細かなユーモアまで、とても好きなゲーム。

ほぼ毎日、何かしらなにげなくやってたすることが、いつの間にか変化して、今の自分の状態には、パワーってものがなくて、何かをするってことが全て億劫になっている。
それでも、今日、あのページを訪れてとても良かったなあと思った。

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2018-11-16

peter pan

たしか小学校の二年生くらいのときに、何かの会でピーターパンをみんなで演ることになった。

あのときは、クラスの人気だった女の子がティンカーベルで、主役のピーターパンが取り合いになった気がする。

全然ディティールは覚えてないけど、ピーターパンになった。
新聞紙や段ボールとか使って、ナイフを作ったような記憶がある。

小さいころから、ピーターパンに憧れていたのかも。

いまも、ピーターパンに憧れているし、それを創った人の気持ちもちょっとわかる気がする。


2018-07-16

なにも

意欲が出ない

もやもやして、ずっと良く眠れてない。

2017-06-25

独り言

とても久しぶりに、書きたくなったので書いてみようと

ファッションというものに進む一つの大きなきっかけになったコムデギャルソンの川久保玲さんの本を読んだ。
ART OF THE IN-BETWEEN REI KAWAKUBO
ニューヨークには行けないけれど、彼女の考えや想いを、拙い英語力で少しだけ読んだ。少ししか読めていないけど、本当にゾクゾクした。

彼女も、そのスタッフもきっとどこかでなにかたくさんの影響を受けて、そして自分自身も彼女の影響を受けて。

もうすぐ生まれて36年が経つけれど、ここ数年はどんよりとした時間が続いて、正直ぐちゃぐちゃで、粉々にもなって、疲れ切った状態が今も続いていて。
でもやっぱり逸れたり曲がったりしながらも、無くしていないなにかがあって。

嫉妬や妬み、恨み、憎しみ、そしてもちろん喜びや労わり、嬉しいこともある。
そのカオスを一つの体と一つの頭の中で抱えながら、時々は生きることも苦しいと思うこともあるし、頭がおかしくなりかけているような気もすることもしょっちゅうある。

でも、やっぱり、”でも”って気持ちが隅の方にはいつもあって、こんな俗で欲や煩悩だらけの不完全な自分という人間が、やっぱり生きて、なにかをしたいって思うことをやめないでいられる、その理由の一つは彼女という存在かもしれない。

今日、その言葉を読めたことは、これからの時間にまた大きな影響を与えてくれた気がする。

そんな機会をくれた川久保玲氏に感謝と尊敬を心から込めて、

I don't know the answer either.

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